これは働く母親に対してよく言われる言葉です。
しかし、本当に「そばにいること」が大切なのでしょうか。
三歳児神話は平成10年に否定されていた
この3歳児神話は平成10年(1998年)版「厚生白書」において「少なくとも合理的な根拠は認められない」と言及されています(*1)。
それにもかかわらず、ここまで一般的に浸透しているのはなぜなのでしょうか。
3歳児神話の成り立ちから考えていきたいと思います。
三歳児神話はいつから広まったのか
お茶の水女子大学の菅原ますみ教授によると、3歳児神話が広まるきっかけは、1951年に発表されたイギリスのボウルビィの報告書だといいます(*2)。この報告書は、孤児院などで乳児の心身の発達の遅れが多い要因を検討し、『母性的な養育が欠けていることがその原因』と指摘したものです。
「当時の日本は父親が働き母親が家事育児を担うというスタイルで、そのスタイルに報告がなじみやすかった。その結果“3歳までは母親が家庭で”という説が広まったのではないか」と菅原教授は述べています。
育児に大切なのは量より質
しかし、ボウルビイの提唱した愛着という概念の対象は母親に限られないことがその後の研究で明らかにされてきました。
●愛着/アタッチメント
赤ん坊が持つ特定の対象に対する特別の情緒的結びつき。
パーソナリティの健全な発達のためには愛着の形成が必要不可欠であるとした。
赤ん坊が持つ特定の対象に対する特別の情緒的結びつき。
パーソナリティの健全な発達のためには愛着の形成が必要不可欠であるとした。
愛着を示す対象は産みの母親に限られず(シャッファー,1971)、産みの母親「だけ」でなく複数人相手にも成立しうると言われています。
そして仕事と育児は両立が可能であり、子供と過ごす時間の量が問題なのではなく、子供に接する態度や育児スタイルが大切であり、それは母親だけでなく、父親も同様であるという指摘もあります(グリーンバーガーとゴールドバーグ,1989)。
菅原教授が269組の母子を12年間にわたって追跡調査した研究でも、「3歳未満で母親が働いても、問題行動や母子関係の良好さに関連性は認められなかった」ことが見出されました。
その上で子供の発達に関係するのは「お母さんの心の健康」、「夫婦仲」、保育園などの「保育の質」であるとし、「大切なのは安全な環境で愛情をもって養育されることであり、お母さんだけでなく、お父さん、祖父母、シッター、保育士などある意味、複数の人からでも大丈夫」と指摘しています(*2)。
さらに、恵泉女学園大学の大日向雅美学長も「“3歳までが非常に大切な時期”というのは真実。」としつつ、「その時期に“母親が育児に専念しなければいけない”は修正が必要。母親だけでなく、父親や祖父母、地域の人などさまざまなところから愛情を受け取れる」と述べています(*2)。
人間は集団育児が基本
むしろ母親が一人で行う育児には様々なリスクがあります。「自然界では母親が一人で育児をする」という反論もありますが、育児形態は種によって異なる上、人間の出産は特殊であり他の動物と比べることができません。
これを生理的早産といいます。
●生理的早産
ヒトの赤ん坊は運動能力的に未発達で、見かけ上きわめて無力な状態で生まれてくること。
大脳の肥大化、二足歩行による産道の縮小などにより、十分な成熟を待って出産することは体の大きさの問題から難産が予想されるため、約1年早く生まれるのが生理的常態になったという。
参考:心理学辞典
ヒトの赤ん坊は運動能力的に未発達で、見かけ上きわめて無力な状態で生まれてくること。
大脳の肥大化、二足歩行による産道の縮小などにより、十分な成熟を待って出産することは体の大きさの問題から難産が予想されるため、約1年早く生まれるのが生理的常態になったという。
参考:心理学辞典
一般に、動物は生まれた時は未熟で動き回ることのできないタイプ(就巣性:ツバメやネズミなど)と、出生時にすでに自分の力で動き回ることができるタイプ(離巣性:シカやウマなど)の2つに分けられます。
それに対して人間の赤ん坊は目や耳などはよく発達しているものの、自力で移動できるまでには1年ほどかかります(これは二次的就巣性と呼ばれています)。
これほど、人間の乳児は未熟で弱い存在なのです。
そのためほぼ24時間体制の育児が求められますが、これを一人で対応するのは大きな負担になります。
かつては2世帯で住む家族、近くに住む親戚、上の子などが子供の面倒をみるなど、集団での育児が主流でした。
母親が一人で育児をするようになったのは、核家族化が進んでからです。
母親が一人でする育児の危険性
むしろ、母親が一人で育児をすることは母子ともに健康を害する可能性が高まります。日本では母親の10%前後が産後うつの疑いがあるというデータがあります(下図)。
引用:「健やか親子21」最終評価―厚生労働省
2015~16年の2年間に妊娠中や産後1年未満に自殺した女性は全国で102人いたとの調査結果を、国立成育医療研究センターなどのチームが5日、公表した。病気などを含めた妊産婦死亡数の約3割を占め、最多だった。全国的な妊産婦の自殺数が判明するのは初めて。産後に発症する「産後うつ」などが要因とみられる。
引用:毎日新聞
引用:毎日新聞
うつや自殺の原因は一つではありませんが、少なくとも母親が一人で背負いすぎないように周囲の人が支えることが大切なのではないでしょうか。
一人きりで育児をすると、母親は過度の負担を感じてしまいます。
さらに、先の菅原教授の研究では、「母親の心の健康」が子供の発達に影響すると指摘されていました。
母親が一人きりの育児で心の健康を壊してしまうと、子供に悪い影響を及ぼす可能性があります。
まとめ
平成10年の厚生白書において既にこれらのことが指摘されていました(*1)。
・大切なのは時間という”量”ではなく育児の”質”であること
・養育者は、母親でなくても、また母親を含む複数人であっても問題ないこと
・子育ての過剰な期待や責任から母親を解放させることが必要であること
・養育者は、母親でなくても、また母親を含む複数人であっても問題ないこと
・子育ての過剰な期待や責任から母親を解放させることが必要であること
現在の状態は、20年経ってむしろ退行しているように感じます。
現代の母親は育児、家事、仕事と非常にハードワークです。
母親の健康を守る社会であってほしいと思います。
そのためには「3歳児神話」のような説は否定していかなければなりません。
研究がこれほど進んでもなお、「3歳児神話」が強固に根付いていることにもどかしさを感じます。
このような「3歳児神話」から抜け出せない社会の根底にあるのは、強固な家父長的思想、男尊女卑思想であるように思います。
「母親が一人で育児をすることによって得をするのは誰か」を考えると、それは子供ではなく、父親である男性や、男性の労働力を必要とする経営者ではないでしょうか。
「子供がかわいそう」の裏に隠された意味をよく考えてみる必要がありそうです。
【参考】
*1:厚生白書(平成10年度版)厚生労働省ホームページ
*2:NHKnewsWEB 2017 年(平成 29 年)11 月 13 日母を悩ます“3歳児神話”