男性脳・女性脳はエセ科学 脳の性差の思い込みから脱却しよう

「男性脳」「女性脳」はテレビや雑誌などでよく取り上げられています。
しかしそれは誤りであると分かってきています。
脳の性差の根拠として主張されてきた重さ・脳梁の太さについて述べます。


脳の重さと知能の関係


まず、「脳が大きい男性の方が知能が高い」という説があります。

実際、女性の脳の重さは男性の脳の91%ほどです(PakkenbergとVoigt,1964)。
しかしこれをもって、「男性の脳のほうが重いから男性の方が知能が優れている」と説明することはできません。

重さは変わる

脳の重さは死んだ人の脳を使って計測されます。

しかし脳の重さは死の原因によっても変化することが知られています。
死後、体液を吸収して重くなることがあるのです。

また、年齢によっても脳の重さは変わることが分かっています。
男性においてピーク時である20歳ごろの重さに比べると、25歳から70歳の間に100g近く減るそうです(*1)。

死因や年齢によって変化する脳の重さを、能力や知能の性差の根拠にすることに無理があるように思われます。

ニューロンに男女差無し

そして重さよりも重要と思われる、脳の情報処理をするニューロン(神経細胞)に関していえば、女の脳は男の脳よりも小さくても、ニューロンの総数は同じだとされています。

つまり、女の脳は男の脳よりも密度が高いのです。

「知能」の意味

そして、「知能」は多様な意味合いを持つ概念です。
知能は一般的に環境への適応力であるとされ、ウェクスラーの「目的的に行動し、合理的に施行し、効果的に環境を処理する、個人の総合的・全体的能力」という定義が代表的です(*2)。
しかし、ヘッブという研究者は知能を遺伝的に規定される「知能A」と経験や学習の成果である「知能B」に分けた考え方を提唱しています。

知能という言葉が多義性を持つ以上、このように「脳の重さ」だけを根拠として「知能が優れている」という結論を導くのには大きな飛躍があります。


脳梁の太さに性差はないという知見も

脳梁の太さに男女差があるということも、脳の性差を裏付ける根拠の一つとされてきました。
脳梁とは右脳と左脳を結んでいる部分です。

この脳梁のニューロンの層は、平均的に男性よりも女性の方が大きいとされていました。
そのため、女性は右脳左脳間の情報交換が容易であり、マルチタスクに優れているというのです。

しかし、「脳梁の太さに性差がある」という主張には疑いがあり、近年では男女の脳梁の絶対サイズに違いはないという指摘が多く挙げられています。

英国のロザリンド・フランクリン医科学大学の研究では、6,000件を超えるsMRI画像をメタ分析を行い、「脳の性差は存在しない」ということを示しました。

さらに今回の研究では、大規模なメタ分析により、海馬以外のふたつの性差説も否定されたという。具体的には、左右の大脳半球をつなぐ神経線維が束になった脳梁は、大きさに男女差があるという説が否定された。また、男女の脳は半球による言語処理の方法に大きな違いがあるという説も否定されたという。
引用:「男性脳」「女性脳」は存在しない?:英国の研究結果


男女の能力差自体が思い込みである可能性

「男女には能力差は男女の脳に違いがあるからだ。
実際に男性は空間処理能力に優れているので車の運転が得意。
女性は言語能力に優れているのでおしゃべりが好き。」

これらは実際に多くの人が信じているステレオタイプです。
しかし、これらは思い込みである可能性が指摘されています。

言語能力に性差があるとは言えない(Basow,1992)、空間認知能力に男女差がない(Rilea,Roskos-Ewoldsen,Bolves,2004)ことを示した研究があります。

そして、過去に言語能力や空間認識能力に男女差があると示した研究にも、疑いの目が向けられています。

これらの能力の差は、それぞれの性で片方の脳半球がより働いているからと説明されてきました。
男性は左脳をよく使い、女性は右脳をよく使っているというのです。

こういった内容のデータの分布には男女に大幅な重複が見られ、性差が小さくても、統計学的な有意差(統計的に偶然ではないといえる差のこと)が出ることがあるからです(*1)。

まとめ

一般的に私たちが考える”男女差”が生物学的な要因によるものか、社会的な要因によるものかを証明することは困難です。
脳は生まれてからの様々な経験や学習によって作られていると考える方が妥当だからです(*3)。

さらに性差が「実際に存在するもの」ではなく、「ジェンダーロールを反映した思い込み」である場合もあります。

ジェンダーロールの方向性に合致した生物学的要因が存在したからと言って、それを即座に「変えることができない性差」と断定するのは早計です。
慎重に情報を吟味する必要があります。

【参考】
*1:バックラッシュ!「科学的」保守派言説を斬る!-生物人類学の視点から見た性差論争-
*2:キーワードコレクション 心理学
*3:ジェンダーの心理学「男女の思いこみ」を科学する