これらの同意の考え方の問題点を考えてみたいと思います。
(便宜上最も多いケースである加害者が男性、被害者が女性のパターンを想定してます)
その条件を満たす全員と性行為しているわけじゃない
「家に来たら同意だ」「二人で飲んだら同意だ」と主張する人も、その条件に当てはまる人すべてと性行為をしているわけではないはずです。例えば友人、上司、親戚などとは性行為をしないでしょう。
つまり「家に上がったこと」などを性的同意とみなすかどうかには、それ以外の要因が関わっていることを意味しています。
それは「(男性が)性的対象とみなした人」であるかどうかということでしょう。
つまり「自分が性的対象とみなした人」が「家に来たら/二人で飲んだら」性行為に同意があったと感じる(思い込む)ということです。
ここには大きな問題があります、
それは相手から見て、その人の性的対象に入っているかどうか分からないという点です。
性的対象であることを「隠す」卑怯さ
「家に上がった=同意」だと主張する人は、口頭での同意の確認を避けます。それは口頭で確認すれば断られることが想定されるからです。
つまり明確に拒絶されないように予防線を張っているのです。
そういった狡猾さを持つ人は、相手を性的対象とみていることを隠そうとします。
例えばこういった手法です。
・自分は安全な人間だというアピールをする
・男性を警戒する女性を「自意識過剰」と非難する
・「お前に女を感じない」などと言う
・「疑うなんて失礼だ」と怒る
女性側の「警戒したら申し訳ない」「自意識過剰かも」という気持ちにつけこんでくるのが悪質です。
性的対象と見ていない前提があれば、家に上がったり二人で飲んでも性行為には発展しないと考えるのが自然です。
女性側にこう思わせようとするのです。
相手を性的対象とみていることを隠す周到さを見せながら、「家に上がる」「二人で飲む」のような事実をもって性的同意があったと主張するのは卑怯です。
まとめ
性的同意を不透明にすることで誰が得をするのかは明白です。それは同意を得ずとも性行為をしたい人に他なりません。
暗黙の了解は立場の弱い側に不利な結果をもたらします。
口頭で性的同意を取り付けることが「ムードを壊す」として反対する人もいますが、犯罪行為を犯してしまう可能性や相手を傷つける可能性と天秤にかけるような話ではないと思います。
そして多くの場合、口頭できちんと確認してもムードを壊すことはないと思います。
性的同意を曖昧にしておきたい意図、それは犯罪と近いところにあります。
「性的同意をきちんと口頭で確認するのが当たり前」という社会的コンセンサスを早急に作るべきです。