Domani広告炎上に見る、働く女のヒリヒリ感

2019年始まってまだ3か月ほどですが、女性を対象にした広告等の炎上が相次いでいます。


Domaniの広告


女性誌Domaniの広告が炎上しています。

その広告には、
「今さらモテても迷惑なだけ。」
「”ママに見えない”が最高のほめ言葉」
「働く女は、結局中身、オスである。」
というキャッチコピーが並んでいます。

「働く女は結局中身、オスである」の残酷さ

男性に対する「女みたい」が蔑みのニュアンスを持つ一方、女性に対する「男らしい」が誉め言葉になるのはなぜでしょう。

それは、私たちが無意識に「女は男よりも劣っているもの」と考えているからではないでしょうか。

それは男性中心社会の中では、評価基準の一つになります。
そのため会社の中で評価されるには「男性らしく」振る舞う必要があります。

男性らしくしなければ仕事で評価されないという暗黙の了解の中、女性たちが「男らしさ」を獲得するのは生存戦略と言えるでしょう。

一見するとそれは自発的であるかのように見えますが、人間が評価基準に沿ってふるまうことには必然性があり、そこには見えない強制力があります。

「オスのようにふるまう女性がいる」こと自体は事実ですが、これを女性向け雑誌のキャッチコピーにするのは残酷です。

「”男のようにならなければ女は認めてもらえない”というメッセージを発して男性中心主義を強化する女性誌」という構図が、どこまでも女は二級市民なんだなという印象を持ちました。

まとめ

男のように振る舞って仲間に入れてもらおうと尻尾を振っていた経験があると、この広告には物悲しさを感じます。
「私は女らしい女じゃない」「一目置かれたい」という気持ちで必死にすり寄っていたことを思い出し、心がヒリヒリするのです。