「絶叫 葉真中顕」の感想 人間は誰でも「そこ」に落ちる危険がある

葉真中顕さんの「絶叫」が面白かったので感想を書きます。

簡単なあらすじ



平凡な女、鈴木陽子が死んだ。誰にも知られずに何カ月も経って……。
猫に喰われた死体となって見つかった女は、どんな人生を辿ってきたのだろうか?
社会から棄てられた女が、凶悪な犯罪に手を染め堕ちていく生き地獄、魂の叫びを描く!
引用:amazon 絶叫

社会の変遷と家族

この物語は、バブル崩壊による一家離散、リーマン・ショック後の不景気など、その時代の空気感を漂わせながら進行します。
家族の在り方や人々の生活が社会状況に影響されることが、一定のリアリティを持って表現されています。

社会の中の女像

保守的な両親のもとに生まれた陽子。

母親は団塊世代で、女性の生き方が変化してきた時代に生きています。
「結婚して子供を生むのが女の幸せ」と言われていた時代から、自立したした女性像へとシフトしていく時代。

「自立」を謳った新しい女性像は、先時代の女性に迷いを生じさせたことでしょう。
「私は家のために尽くしてきた。それが女の幸せだと思ってきた。みんなそう思っていた。それが変わるなんておかしい」と。

それを象徴するかのように、母はなんの脈絡もなく「自分は幸せだ」と口にします。
陽子はそこに違和感を感じずにはいられません。
母が「幸せ」という言葉の幕で覆い隠したどこかに、何か不穏なものがある-そんな気配が。p28

母親の内在化した家族像は陽子への呪いになります。
出来のいい弟が交通事故で亡くなってから母は弟の思い出にすがるようになり、陽子は弟の幻影を見るようになります。

しかし、一方の陽子の生きる時代もまた、苦難の連続です。
未だ女性は社会の中で周縁化され、社会が女性の生き方に合っているとは言えません。

子供の頃憧れた東京での暮らし、雑誌で見た「自立した女性像」。
自分とのギャップを埋めるかのように、陽子は「自分の居場所」を探し続けます。
自立して居場所を作る、マンションを買ったらそこが自分の居場所になるはず、といったように。

自分の居場所への渇望は、生育家庭が安全基地として機能しなかったことへの反動であるかのようです。
安心できる居場所を持ったことがない陽子にとって、「自分の居場所を作ること」は心のよりどころだったのではないでしょうか。

人の生き方、とりわけ女性の生き方はなぜか「社会が」決めることが正当であるかのように考えられています。
「女の幸せ」という押し付けやしがらみの中で女性たちは生きている。
「自分の居場所」はそのしがらみから逃れられる場所でもあるのでしょう。

「見えざる棄民」

この物語には、社会に棄てられた民=棄民という印象的な単語ができてきます。

自分で選択しているつもりでも「選ばされている」選択肢。
自己決定の名のもとに搾取される立場から抜け出せない理不尽。

そういったものが陽子の人生の至るところに現れます。
フィクションであると分かっていても、そのリアリティに悪寒が走るほどです。

陽子はそういった環境の変化にのまれ、身を持ち崩していきます。
これは誰にでも起こりうることです。
他人事とは思えません。
少しのボタンの掛け違いで誰でも「そこ」に落ちる危険があります。

陽子はそんな理不尽への脱力と後悔のなか、”自分を選ぶ”ためにはお金が必要だという考えに至ります。

そして一つの哲学的な答えを得ます。
何も選べなくても、何が起こるかわからないから、それは何でも選ぶことができるのと同じ、すなわち自由だと。
人間という自然現象、その本質は自由だと。

そして終盤、陽子が立てた残忍で最低な計画が明らかになります。
しかし、そこに至る陽子の人生への感情移入から、その計画を応援したくなるという奇妙な感覚に襲われます。
ゾッとすると同時にホッとする、アンビバレントな感情に直面しました。

ミステリーとしての要素

「陽子」と語りかける人物は誰なのか

この物語の陽子の章は、何者かが「陽子、あなたは-」と語りかける形で進行していきます。
この語り手は誰なのか、どのような状況で語りかけているのか、それがキーになります。

最後の1ページに驚きの展開が!

最後の1ページ(というか最後から4行目)に驚きの展開が待ち構えています。
これを読んだ人は必ず「あるページ」に遡って読み返すことになるでしょう。
それはそれは衝撃の事実です。

何一つ選ぶことのできない女がやっと手にした「私の居場所」とは-
そこに答えがあります。

まとめ

女性の生き方を男性作家が描写すると陳腐になりやすいですが、この話は社会背景を主軸にそれに巻き込まれていく人間を書いているといった印象なので、違和感なく集中することができました。
その傾向は、物語に出てくる「人間という存在は単なる自然現象」という言葉からも顕著です。

是非読んでみてください。

ではまた♪