葉真中顕「そして、海の泡になる」感想

 葉真中顕さんの「そして、海の泡になる」を読みました。


「そして、海の泡になる」あらすじ

バブル期に史上最高額の負債を抱え、自己破産した朝比奈ハル。平成が終わる年、彼女は、ひっそりと獄死した。その生涯を小説に書こうと決めた“私”は、生前の姿を知る関係者に聞き取りを始める。戦後、バブル、コロナ……日本社会を鋭く描く、社会派ミステリー。


「そして、海の泡になる」感想

日本の「変わらなさ」について

この物語はバブル期に「北浜の魔女」と呼ばれた朝比奈ハルさんの生涯を、インタビュー形式でひも解いていく構成になっています。

ハルさんが生まれたのは戦前。

戦後、東京オリンピック・大阪万博と、徐々に「豊かになる」日本の姿が描かれます。

バブル期の異様な盛り上がり、その後のバブル崩壊。

そしてインタビューが行われているのは2020年、コロナ禍の真っただ中です。

東京オリンピックを控えています。

この一連の流れの中で浮かび上がってくるのは日本の「変わらなさ」です。

論理や科学的知見を無視し、精神論で乗り切ろうとする姿勢。

目的のために統計指標を変更してしまう杜撰さ。

私がこの小説を読んだのは2021年6月、東京オリンピックの中止の議論がいつの間にか観客の数の話にすり替えられている最中です。

日本の不誠実さに憤りを感じる毎日です。

この「変わらなさ」が日本を衰退させてきた原因だと身に染みるほど実感しています。

それがよく分かるだけに、なんだか読み進めるのが辛いほどでした。

女の人生について

そしてもう一つ、女の人生も変わりません。

この小説には数人の女性が出てきます。

まずはハルさん。

農村で生まれて父親からの性暴力に耐え、嫁いだ先では夫の管理や子を産む機械としての扱い窮屈さを感じ、夫の死後大阪で働き始めます。

「お金は平等だが男の手に偏在している」ことに気づき、男から金を奪うことで「自由に」生きようとするエネルギッシュな女性です。

「わがままに生きる」と度々口にしています。

その他にもこんな女性たちが登場します。

ある宗教施設で育ち、その抑圧から逃れるために男性と駆け落ちするも、その男性のDVが発端となり男性を刺し殺してしまった女性。

ハルさんと上阪したのち、男と暮らし始め家政婦扱いされる女性。

(正確には男性ですが)母の恋人にレイプされ家出した、「女の体」を持って生まれたトランスジェンダーの男性。

みんな男のせいで不幸になってますね…。

男にとって、女の価値は性・母・トロフィーの3つだとハルさんは気づいていました。

その3つのどれかに無理やり当てはめられてしまいます。

ハルさんほどの投資の知識や能力を持っていても「知識のある投資家」とは見なされません。

ハルさんは新聞や本を読み、知識に基づいて発展性のある業界の株の購入を提案しているのに、男性陣はハルさんを「こんなおばちゃんにそんなことが分かるはずない」と見下しています。

にも関わらずハルさんが「(株の銘柄の選定は)ウミウシ様のお告げや」というと(半分面白がって)受け入れます。

女性が知恵を持っていることよりも神様のお告げの方が男性陣にとってリアリティがあったようです。

なんだか笑っちゃいますよね。

バカにしてて。

物語の最後、ある女性がハルさんに「でも、幸せだったんですよね?」と聞くシーンがあります。

その回答がとても悲しい。

女の人生に逃げ場がないこと、そしてそれはずっと続いてきたこと、まだまだ続いていくこと、そこに絶望を感じずにはいられません。


ミステリーとしての構成

ミステリーとしても面白かったと思います。

なぜこの構成をとっているのか、が効果的に活きています。

また、ある人物の事件へのかかわりに気づくきっかけとなったエピソードも自然なものです。

「あ、こいつか!」となりました。

そこは最後をお楽しみに。